エリザベス一世の治世とは?・・・その5

シェークスピア(1564~1616)の文学やフランシス・ベーコン(1561~1626)の経験論哲学です

数力国語を操る美貌の才女が、国民の人気を一身に集めて長いこと王位にありました。

たくましい商魂とあふれる企業家精神。

新大陸でも、女王の愛人の一人といわれたウォルター・ローリーが処女王に捧げる「ヴァージニァ」植民地を開きました。

「陽気なイングランド」、これがエリザベス時代のイギリスにふさわしい言葉です。

エリザベス一世の治世とは?・・・その4

自国が国力においてフランス・スペインに見劣りする「二流国」との自覚から、表面では勢力均衡政策を巧みに操って平和外交を装ったが、しだほ裏では私享捕船に特許状を与えて他国の船(特に新大陸からのスペインの銀船隊)への海賊行為を公認・奨励しました。

毛織物工業と密接な関係をもつネーデルラント(オランダ)のスペインからの独立戦争では、同じ新教国ということで新教徒を支援しています。

そしてこの延長上でスペイン無敵艦隊の遠征を招いたが、英仏海峡でみごとにこれを破り、スペインの制海権をくじいた。

大国に囲まれての危うい島国国家の運営とその成功が、国民の精神的結束・一体感を生み、その自覚と国力の増強が、女王時代の国民文学の黄金期をもたらします。

エリザベス一世の治世とは?・・・その3

重商主義を採用し、独占権賦与によって工業を育成したほか、1600年には「イギリス東インド会社」を設立して喜望峰以東の貿易・植民の独占権を与えました。

また、トマス"グレシャム(1519~79)を財政顧問に用いて、商業振興の基盤である貨幣制かいちゆう度の統一や悪貨の改鋳を断行しました。

外交では、政略的見地による各国国王や親王からの求婚をロ実を設けて断りました。

結婚によって外国勢力への従属が生じる恐れをなくし、「朕はイギリスと結婚した」と公言して国民を喜ばせた。

もっとも、生涯独身の「処女」とはいっても、「愛人」は存在しました。

ただ、政治的にはまったく無力な人物に限られており、国政でも「愛人からの干渉」はありえませんでした。

エリザベス一世の治世とは?・・・その2

内政では、枢密院を中心にウィリアム・セシル卿ら有能な政治家を登用し、星室庁を通じて政治の統制を、新設の特設高等法院を通じて宗教の統制を行ないました。

毛織物工業を育成・奨励したため農村を中心に急速に発展しました。

羊の増産のために牧草地を拡大する「囲い込み(エンクロージャー)」が行なわれると、土地を逐われた農民が浮浪化して治安上の問題となりました。

すると女王はたびたび浮浪者を処罰する法を出す一方、1601年の「救貧法」では、浮浪者を救済して毛織物工場への労働力供給を図りました。

エリザベス一世の治世とは?・・・その1

1558年、「流血のメアリ(メアリ一世)」が病没して異母妹エリザベス一世(位1558~1603)が即位すると、25歳の新国王に国民は歓呼の声をあげました。

国民は、メアリ時代のカトリック復活政策と新教徒弾圧の恐怖政治を憎んでいたのです。

しかし、エリザベスは熱心な新教徒であったというわけでもありません。

典型的なルネサンス文化人として、あらゆる狂信を嫌ったのです。

スペイン絶対王政とオランダの独立・・・その5

正式にはネーデルラント連邦共和国です。

中心のホーラント州にちなんで通称はオランダ。

初代統領オラニエ公ウィレム一世(沈黙公任1581~84)は、共和主義を唱えたが、統領はオラニエ家の世襲であったから実質的には王政に近い。

スペイン絶対王政を破ったオランダ独立は、市民革命の先駆でもあったのでした。

スペイン絶対王政とオランダの独立・・・その4

カトリックの多い南部諸州は「アラス同盟」を組織して、スペインとの和平を打ち出して脱落しました(1579)。

これに対してカルヴァン派の北部七州は「ユトレヒト同盟」に結集し、独立宣言(1581)ののちも不屈の戦いを進めました。

彼らと同じく「海の国」であり、新教国であるイギリス(エリザベス一世)の支援も大きかったようです。

スペイン無敵艦隊が英海軍に大敗した(1588)のちは、独立軍が優勢を占めました。

結局、1609年、スペインとの休戦条約に持ち込んで実質上の独立を果たしました(国際的な承認は1648年のウェストファリア条約)。

スペイン絶対王政とオランダの独立・・・その3

1566年、フランドル・ブラバントの諸都市で市民の反乱がおこると、フェリペニ世は総督としてアルバ公を派遣、アルバ公は、自ら主宰する「血の委員会」での一方的裁判で八千余人を処刑しました。

68年、オラニエ公ウィレムを指導者としてネーデルラント独立戦争が始まります。

国外に亡命していた戦闘的カルヴァン主義者は、フランスの新教徒ユグノーやイギリスの海賊と協力してスペインの商船を襲う。

彼らが「ゼーゴイセン(海の乞食団)」です。

スペイン絶対王政とオランダの独立・・・その2

宗教改革では、ルター派よりもカルヴァン派が歓迎されました。

特にきびしい自然条件を克服して国を築いてきた北部では、都市や農村の中産階級を中心に戦闘的なカルヴァン主義が展開された。

1556年以降ネーデルラントを領有したスペインHハプスブルク朝は、本国財政の赤字をあくどいやり方でこの属領に転嫁しようとしました。

また、フェリペニ世は狂信的な旧教主義者でも知られているから、宗教的にもネーデルラントは本国と激しく敵対します。

本国政府は属領の新教徒を「ゴイセン(乞食ども)」と蔑称しました。

スペイン絶対王政とオランダの独立・・・その1

オランダの正式名称ネーデルラントとは「低地」の意味で、地盤の沈降、海浸・洪水などが続いて低地を形成している。

かんたく海面下を海水の浸入を抑えて干拓した土地をポルダーというが、現在のオランダの国土の実に四分の一をポルダーが占めています。

1477年以来ハプスブルク領となったネーデルラントは、中世より羊毛工業が発達し、また北海・バルト海を動脈とする遠隔地貿易の拠点をひかえて社会のブルジョワ化が進みました。

加えて大航海時代以後の世界商業の中心の移動で、アントワープやアムステルダム・ロッテルダムなどの諸都市は世界商業と金融の一大センターでした。

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